理事長対談

理事長対談の全文を掲載いたしました。

ぜひご覧ください。

初代理事長 辻久男 先輩 × 第50代理事長 佐藤悠 君

2022年度、創立50周年を迎える大曲JC。今後の展望を語る。

佐藤理事長:2022年度、第50代理事長として大曲青年会議所の理事長職をお預かりする事になりました、佐藤悠と申します。どうぞよろしくお願いします。

辻久男先輩:今日はこういった機会に恵まれまして、私も久々にJCのことを振り返ってみて、楽しい時間を過ごすことができました。こういった機会を持っていただけましたこと、楽しく、嬉しく思いながら、今日は出席させて頂きました。辻久男でございます。宜しくお願いします。

佐藤理事長:大曲青年会議所は会員の人数、規模で言うと、恥ずかしながら創立以来一番期首人数が少ない人数で2022年度はスタートする運びとなっております。2022年度の期首人数は21名でございます。これはただひとえに秋田県における若者の人口減少など、単なる人口の減少、流出によるものではないということは、秋田県内の青年会議所の同志の皆さんもおっしゃっている通りであります。やはり、青年会議所における入会のハードルと言いますか、そういったものがまだ、今の会員候補者に我々がうまくアプローチできていないというところが大きいのではないかなと思うところでございます。若者は減ってはいますが、潜在的な会員というのはまだまだ沢山いて、そういうところにアプローチするために、大曲青年会議所も会員拡大活動というのを見直して、時代に即した手法にアップデートして会員の獲得に向けて一丸となって取り組んで参りたいと思っております。2022年度は創立50周年という大変大きな節目を晴れて迎えることになりました。その中で人数は少ないですが、今いる会員が一丸となって、このように辻先輩とお話させていただいているように、過去の歴史を振り返り、今一度大曲青年会議所としてどのような道を歩んできたかを確認し、そしてそれをさらなる今後の50年への足がかりとなるべく記念式典、記念事業を執り行い、さらなる発展を目指して、2022年度は飛躍の年に繋げて参りたいと考えているところでございます。

辻久男先輩:創立50周年を迎える佐藤理事長、それからスタッフの方々も、節目の意味も十分受け止めながら一生懸命対応したいという、そういう心が伝わって参ります。当然と言えば当然ですけれども、本当にそれが青年会議所の素晴らしいところだと思いますし、是非是非、その50年という節目を、大きな歴史に残るような節目の年にできるよう頑張ってほしい、そう思っております。人数の話が今出ましたけれども、創設当時は48名という人数でありました。そのあたりとは全然社会的条件も違うし、必ずしも人数でどうこうということはないですけれども。むしろ、少なくなったことを活かしながらね、密に、お互いの気持ちを本当に通い合わせながら運営していく、あるいはその中で学んでいくということは、決してマイナスにだけ捉える必要はないと思います。運営する方としてはそれなりの苦労があると思いますが、私はそういう期待を持ちながら、見守っていきたいと思っています。会を運営する立場としては人数が少ないということは1つの悩みの種だし、今のお話のようになんとか増やしたいと。これも本当に、気持ちの上でも、会の運営の基本においても当然のことなのでね、その苦労がわかるような気がしますよ。

佐藤理事長:創立50周年という、大きな節目ということも大きく謳いながら、各種事業や会員拡大活動も続けていきたいなと思っております。

辻久男先輩:地域の、世間の人の青年会議所に対する期待というものは、特別な言葉だとかそんなことではないと思うけれども、色々な人間関係の中で、それだけのきっちりした信頼と、期待を持ってもらっていると思います。

大曲JCの創立は、初代理事長の地元に燃えるものを求める気持ちから。

 

 

 

 

 

 

 

辻久男先輩JCを感じるようになったのは、昭和34年に高校を卒業して、秋田の高校の時代も含めて8、9年秋田で生活したのかな。高校の友達、それから就職したところでの色々な人間関係もあり、それなりに秋田の生活を経験してきたわけです。大曲に帰って家業を継ぎ商売をやっていました。友達もたくさんいるし、同業者とか地域とか、そういう交際は当然広いわけで。日本も成長期で、活気のある時代でした。商売の方も努力すればきちんと報われるような時代だったので、それなりに満足しながら商売をやってきたけれども、なんかちょっとこう物足りないないっていうかね。 

私は秋田での生活経験があるもんだから、秋田の同年代や、個人的には1975年会頭をやった佐藤敬夫さんとも交流があったんですよ。

そんなふうにね、傍から見ているだけでなくて、そういう方々との交流は結構広かったし、JC的な話をする機会もあったわけです。

そんなことで、秋田の若い方々の考え方や活動というものをなんとなく、肌で感じるものがあってね。それで大曲に帰ってきてから比較すると、なんか物足りないなというか、燃えてくるものがないというかね、そういう感じを持ちました。

そこで、これを何とかしたいものだなと。夜になれば一杯飲む友達だとか、遊ぶ友達、そういうのはたくさんおったわけだけど。それだけではなくもうちょっと、という。それが単純な動機ですよ。それで昭和43~44年のあたりかな。一緒に、作っていただいて頑張っていただいた高柳さんとかね。ああいう方々と、年も3つぐらいしか離れていないし、近所だし、高校も一緒だし、何があっても一緒に付き合うようになったから、なんかやろうと言うことで、何人かグループ集めてね、話し合ってみたことがあったんですよ。秋田にはこういう会もあるし、大曲にも作れるんじゃないかということでね。そういうグループ、あえて言えば発起人会みたいなのね、結成して話し合ったりしたんですよ。

そしたらちょうどね、その時に全県の商工会の青年部結成という時期だったんです。それで、今話したような発起人会的な方々もどっちかというと、商売やってる人が多いから、せっかくそういう青年がまとまったんだから、青年部にしようということで商工会の青年部結成に、うまく私が利用されちゃったというね。そういうことで、商工会の青年部結成に様変わりしたというね。方向転換というか、そういうことで青年部の結成になって、会議所の方が宙に浮いてしまったわけだ。

商工会のほうも、大曲の花火大会の活動があったり、それから全県の青年部の活動もあったので、そちらの方と連帯したようなことをやっていったわけです。

それでもやっぱり、私が最初に言ったような物足りなさを感じてね。さらに数年後に先ほど言った発起人会の人たちと、やはり我々の目指しているものとはちょっと違うと言うことで。ちょうどその時に、秋田の会議所の方々から話を持ちかけられたという、そういうきっかけもあってね。

それでは、会議所を結成する準備に入ろうじゃないかというようなことで設立の発起人会と言うものを立ちあげて、結成に向かったわけです。そして昭和48年(西暦1973年)に設立して、その秋には認証してもらい認証状を頂いたというような感じです。設立については、そういうことですね。単純な理由ですよ。

若い者がまとまって、気持ちを話し合ったり。あるいは、もっとたくさんの人と1杯飲む楽しみもあって。単純に言えばそんなこともあったんですよ。だけど、それぞれ仕事を持って活躍している。当然、その先に地域っていうのが出てくるわけです。そんなことから踏み切って青年会議所にしようと目指しました。

なぜ青年会議所でなければならないのか。

 

辻久男先輩:後から感じたことでもあるけれども。青年会議所でなければいけないいくつかの条件がある。1つ、年齢制限があるということ。2つ、理事長の任期が1年ということ。3つ、財政的に独立しなければダメだということ。

例えば商工会の青年部がなんだって言ったって、上には親商工会がある。そこには大先輩方がいる。やはり財源は親商工会からお世話になっている、これでは本当の意味の独立にはならない。だから、やることが立派なことだとかこんな効果が上がるとかこういう実績があるとか、そことは別にして、若い者は自分の考えをきちんとまとめてみたり、あるいはそれを世の中へ訴えたり。あるいは行動で何かをやるとか、そういうものが必要だと、そういう気持ちがありました。そのために額は少なくてもいいから財源は独立しなきゃダメだ。これは強く感じました。それから、理事長は任期が1年。これもね、本当に燃えてやるためにはね、私は大きいと思う。そうでないとあの人は実力がある人だからズルズルと…なんていうとマンネリになっちゃうし、自分の考えることをこの1年かけてやってみよう、というのが1つのその人のエネルギーになるし。そしてまたそういう真剣な取り組みというのが、会員の理解だとか、同意だとか協力だとか、そういう形になってくるんですよ。だから私は、この1年という任期がね。ああ素晴らしい制度だなと、そう思いましたね。

佐藤理事長:おっしゃる通りで、任期1年というところと、40歳までという年齢制限に加えて親会などがないというところによる財政的な面も含めて、すべて我々のみで完結しなければいけないというところは、やはりJC活動をしていて、強く思うところです。

その分、対外に向けての事業などになると、先輩方に相談することもできるんですけど、自分たちですべて考えて、効果の検証まで含めて発信していくという強い気持ちをもって行わなければいけないのがJC活動、運動なんだなというのは非常に感じております。

辻久男先輩:そういうのはものすごく努力が必要だ。そして重要。それから、例えば会員に協力してもらうために理解をしてもらう努力、特にそれがもう社会人として最高の勉強ですよ。


佐藤理事長:本当に会員の皆は無償でJC活動に取り組んでいるわけで、どのように動いてもらおう、こういうことをしてもらおうというのは、自分の会社に置き換えて考えると非常に難しいところであり、どのように頼めばうまく動いてくれるのか。そういったところも含めて、私自身も学ばせていただいておりますが、それがJCの魅力の1つなんだなと思っております。

辻久男先輩:財政的に独立するということは、自分たちが考えて実行するということに、その貴重な財源を費やすと。いろんなことを考えて、この事業をやるためにこれだけの財源が必要だけれども、これだけしかないと。あとはみんなの行動と協力でカバーすればいいんじゃないのかという。それに対するいろんな工夫や努力、これも勉強です。

佐藤理事長:創立50周年を迎える際に、人数が少ないというのとは関係なく、本当に大きくやりたい、いろんなことをやりたいと思った時に、どのようにして財源を確保するのか。担当の委員会や副理事長を含め、みんなで検討して、みんなで協力して、特別会員や地元企業の元へ出向いてお願いしてまわって、ご協力や協賛を頂いて事業をやろうじゃないか、といった1つの手法を検討するにあたっても、50周年を迎えて、また1つ大曲青年会議所が一致団結するという流れができてきているなというのを感じます。創立50周年を迎えて非常に喜ばしいことだなと思っております。

辻久男先輩:それが周年という記念事業の大きな意義だと思いますよ。お金が足りないところは工夫と努力でカバーするんだっていうね。もう1つはね、会議にとにかく100%出席ということを目指すっていうのはね、これは本当に素晴らしいことだなと思う。自分で作った日程を消化するためには忙しい人間は、相当工夫しなきゃダメですよ。工夫と努力ね。物事の計画を練るにあたっては当然、何月何日何時、これに参加するんだということによって、そういうスケジュールの組み方、あるいは1日の仕事の工夫、それから、会社で、あるいは各商店で従業員、家族などの配置の問題や、準備の問題やそれから指導の仕方、監督の仕方、そういうもの全部工夫が出てくるわけですよね。今日、あるいは明日何時から参加するから、その時間を作るっていうことが、1つの大きな工夫になるんですよ。その工夫したことが合理的であれば実績にも表れるし、余裕の時間も出てくるわけですよ。そうすれば、その余裕の時間は楽しむことにも使えるし、あるいは事業拡張にも使えるわけですよ。

佐藤理事長:私も入会した当初は忙しそうにJC活動をしている先輩方を見ていて、私にはとても無理だなと思ったのは記憶しておりますね。今日は仕事あるから絶対いけないよ、なんて思ってたんですけど、変わるきっかけを1番感じたのは理事を任されたときですね。責任が生まれてしまったなと。これは欠席してはならない会議。どうやって行こうかっていうところがすごく悩んだんですけども。悩んで実際、苦労もしたんですが、なんとかかんとかその年はすべての定例会、会議に出席することができました。一年を通じて思ったのは、努力次第、工夫次第で時間は捻出できる。その事を学ばせていただいてからは、隙間時間といいますか、時間の使い方が自分でも上達していたので、家庭にも、仕事にも、JC活動にも活かせて、本当に身に付いたことは確かだなと。

辻久男先輩:私はJC在籍の7年間欠席ゼロ。私の場合は全部自分の家での仕事で、泊まりがけの出張はなかったので、何とか工夫すればできるわけです。ある時、森岳で結婚式がありました。けれども、何としても例会には出るということで、結婚式の方も途中で退出して電車に乗って。1時間出られなかった。要するに出席のハンコもらうにはね、どうしても行くということで、とにかく30分か40分だったけどね。そういう記憶があります。私としては、私が会議所を作ったという意識もあるよね。皆さんだけに強制するのではなく、自分で模範を示さなければ。そういう単純な理由もあって、100%出席っていう実績を作ると、そんな気持ちもありました。7年間だったけれども、100%出席できたと、そういう記憶があります。

佐藤理事長:恐れ入ります。

辻久男先輩:私はどちらかというと会を結成すること、とにかく仲間意識をきちんと持つこと、そういった基礎作りに力を注いだという事です。私の時は、記録でもあると思うけれど、事業なんてほとんどやってないですよ。設立に関する仲間作りっていうか、組織としての運営の基礎作りということね。そういうふうなものだけで、設立総会だとか、それから認証式だとか、そんなことやってると、事業なんてやってられないし、またそれだけの会員の意識もなかなかそこまではいかなかったんです。例会日のほかに、委員会は必ず毎月会合してくれということだけれども、会議開いたってそんなね、毎回新規討議するようなことがあるわけじゃない。だからとにかく集まることは集まってくると、そして酒飲みでも何でもいいから、とにかく1晩付き合って、そして仲間作りをやってもらいたいと。簡単。そんなことです。そうやって仲間作りをやってもらいたいというふうなことで。私はそんなことばかり取り組んできました。それと会報作り、発行は毎月やってました。

佐藤理事長:毎月なんですね。

辻久男先輩:これは良かったなあと思います。佐藤元一さんという人が書いて、責任もって編集してくれと。そうやっていただいてね。

佐藤理事長:我々も広報誌は発行しておりますが年3回のペースでの発行です。毎月発行、したい気持ちはかなりありますけれども。

辻久男先輩:あれ、やはり大変な作業ですよ。私の場合、全然タッチしたことないですけれども。でも、そういう細かいことが積もり積もって、何かの形になったり、会員みんなの気持ちに残ったり、そういう作用は微妙だと思うけれどもあると思います。それが長年続けば、なにかの形になってくるよね。

佐藤理事長:毎月どこに向けてどのぐらい発行されていたのですか?

辻久男先輩:対外的になんかあまり意識なかったと思います。そこまでやってる余裕もなかったと思います。けれども、会員同士のその印象っていうか気持ちに残ることが大切だと。みんなにこちらからお願いして原稿を書いていただいて載せたりね。それから今でもやってるという3分間スピーチですね。これも、我々あまりそういう人前で話したり、しかも、ある程度原稿まとめて話するなんて、ほとんど経験無い時代ですよ。3分間スピーチをやるということで、それなりに自分で何かを考えてたきたり、まとめてきたり、そしてみんなの前で話するっていう、これだって1つの体験ですよ。そういうのをきちんとやって行こうというふうなことでね。今の人たちの話は、素晴らしいものでね。我々が若いときとは違うなと思う。これは会議所のみんなだけでなくて、他の一般の若い人も素晴らしいなあって、そう思うんですよ。私らは本当にね、人前で話しをするなんていう、30人、40人座っている人を前にして話するなんというのは、苦痛なことでしたよ。

佐藤理事長:先輩方が切り開いてくれたおかげで、その土壌ができたんですね。

辻久男先輩:世の中も全然進歩が違いますから。設立当初は、会合する場所がなくて、月に1回やるときに銀行の会議室やタカヤナギの食堂をお願いして借りたりね、そういうふうにしてとにかく例会をやるということで。でもなんかそういうことってなんとなく面白いです。集まれるっていう部分で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐藤理事長:創立パーティーを秋田会館でされたと伺いました。

辻久男先輩:あれはね、青少年ホームって、昔の秋田銀行のところを向かいずっと入ったところで突き当りにあったんです。公民館とかそういうところで、設立総会を開きました。最初のパーティーやるところがなくて、隣の夫人の家でやらせてもらったりなんかして。忘れられないのが、昭和48年の10月に、認証をもらってから最初の正式な会合を開いたときも、パーティやる会場無かったんです。そしたら、当時の最上市長が理解を示してくれた方の1人なんです。300何十人か集まって。私はもっと多いかと思ってるんですがね。それでも会場なんてなかったんです。そしたら、市長が、体育館、完成祝賀会もやる前に、ここでパーティーやれと言ってくださった。公の体育館をまだ一般市民にも公開しないうちに、若い者の酒飲みをやれなんて言われてやったら、なんてことになるんだと思いました。けれども、市長はそう言って、いいから気にしないでこの会場でやれって、言っていただいて。あれは忘れられないことの1つです。設立に当たったわれわれにしてみれば一生懸命だけれど、街の大先輩方は若い者が会を開いて、なに始めるっていうんだっていうのはね。後からそういう話が聞こえてくるわけですよ。若い者が勝手に何始める気だ、みたいな。これもわからないわけではないです。こっちは一生懸命みんな目標持ってやってるけれど。そんな裏話もあります。初年度っていうのは、とにかく仲間づくりです。それだけで対外的な事業なんか考えるのも大変で。同世代の人間が集まって勝手な話をして、そこから色んな情報が出てくる。自分の考えも持って、そういう情報交換、お互いに気持ちが通じ合う者が情報交換して何かを考えるというのがものすごく大切なことだなと、そう思いますよ。そこから出てくる事業だとか、計画だとか、小さいものかもしれない。ところが、そうやって何かをやる。そして連帯意識をもつ。

やがて40代とかになれば、責任ある立場にならざるを得ないんですよ。これは、自分の家庭もそうだし、職場もそうだし、地域社会もそうですね。だから、こういう何にもとらわれない時に、自由な発想や、行動や、そういうことやるというのは、本当にこれもまた貴重なことだと思いました。やがては、家庭、職場、地域で主人公にならなきゃいけない。その時にモノ覚えればいいや、勉強すればいいやでなくて、それが私は青年会議所の1番の隠れた目標というか、あるいは1番努力する必要があることだと思います。その成果を発揮するのはむしろ卒業した後で、地域の主人公になった時に活きてくる。そのときに活かすような勉強、やがて地域を動かすための、ままごとをやってるんだなということです。その時、ままごとの時にも真剣にやらなきゃならない。それに尽きると思います。真剣にみんなで話して、真剣に酒飲みして、真剣に何かの時は協力して、そういうことでやがて時代を担えるような人間に成長できるんじゃないのかなって、そう思います。だから私は事業を何もやらないけど、次の理事長、高柳さんから山田さんから本多さん達が具体的にやっていってくれた。我々商工関係の若い人の会というのは他にもあったんです。連合青年会、それから農協の青年部、農業近代化ゼミナール。

それで高柳さんはそういう同世代の色々な団体の人たちと話し合う場を持たなきゃいけないと。それから何か共通の行事っていうか、事業というかそういうこともやるのが有効だというふうなことで、大曲青年団体連絡会議というのを、青年会議所が音頭を取ってやったんです。みんな忙しいから、朝の6時から会議を開いたりしたことがありました。それも会議やる場所なかったから市役所の向かいの、今図書館になってますが、木造の古い建物があったんです。そこの会議室を借りたりしてね。仕事が始まる前に会議やったりして、それでひとつのまとまった事業と言うのが、夏祭り。共同してみんなでやろうっていったのが、夏祭りになった。これなんかは今まで、地域になかった、良かった活動の1つ。今もうその団体は無いと思うけれども、商売やってる人たちが話し合って共同して何かやるなんて、全然ない時代だったんです。1つの行事としては夏祭りだったけれども、それ以外のいろんな交流もできたと思うんです。JCで大曲の先輩っていうのは、秋田と、大館と、湯沢と、それから能代が1番最初だったんです。私は見学に行きました。この人たちはどんどん人前で話しをするので、驚きました。だから、今まで、自分たちではなかなかできなかったことが当たり前になる。当たり前になったということは成長したという何よりの証ですよね。それが大事です。特別なことが当たり前にやれるようになるっていうのはね、素晴らしい体験なんだなあと本当にそう思うんですよ。あとは毎年のその年の理事長が自分のアイディアを出すという、それが特徴ある団体ですね。

佐藤理事長:創立以来、先輩方のご尽力のおかげといいますか、本当に基盤がしっかりしたものになっていて。青年会議所というのは、機会を与えられる団体だと思ってるんです。やればやるほど、たくさんの機会があるし。人に出逢うチャンスがいくらでもあって、自分が挑戦できる限り上を目指せる、成長を実感できる団体だと思っています。

辻久男先輩:もう1つ素晴らしいと思うのが、地域外のいろんな団体に行くところです。

先輩JCのところ、それからブロック、地区、それから県外でも都会でもそういう交流ができる。それで例えば、同じ同業者だって全然レベルの違う立場の人と同格で話し合いできるしね。そういう別の地域の人、あるいは別の業種の人と対等に話し合える。これが大きな会議所の魅力の一つですよ。井の中の蛙でないけれども、自分がそこで満足しているものが、ほかに行ったらこんな活動していたとか、こんなことを普通にやっているとか、そういうものを実際肌に触れて目で見て、話し合い出来るというのがまた素晴らしい事ですよ。

佐藤理事長:本当にそうですね。

辻久男先輩:その時何を学んできたかだと思うんです。刺激を受けてきたということです。私たちはあのようなことをやらなきゃいけない、真似でもいいからやるんだって、そういう刺激を受けてくることが可能だということですよ。これがJCの素晴らしいことの1つだと思います。

 

佐藤理事長:毎年出向という形でブロック、地区、日本本会と大曲JCからも微力ながら行かせていただいております。ブロックなり地区なりに出向するというのは、仕事の面、家庭の面、色々考えても大変なことではあるんですけれども、やはり皆さん持ち帰ってくるものは大きくて。出向は本当に今おっしゃっていただいたように、素晴らしい人との出会いや、レベルの違いであったり、新しい考え方であったり、素晴らしいものが身につく。本当にJCの良い面だなというのは感じておりますね。

辻久男先輩:それが1つの人付き合いだとかのきっかけになるんですね。その時だけでなくて、あの人と親しくなったから、何かあったら教えてもらおうとか、1つのきっかけになるというね。人間の付き合いのきっかけに。これが大きいですよ。

佐藤理事長:ブロックや地区で活躍した先輩などを見ていると、今でもその関係性というのがずっと続いていて、生涯続いていくんだよ、みたいなことをおっしゃっていただいたりして。本当にそうなんだなと感じておりますね。

辻久男先輩:そういう人との付き合いから、その1つのきっかけができたら、どう活かすかっていうね。それ次第です。これがJCのいいことの1つだなと思う。

佐藤理事長:JCは無限の可能性を秘めていると思いますので、もっとわかりやすく伝えられるように、今の会員みんなでの会員拡大にもつなげられるように考えています。

頭脳、ハート、腹で結論を出す。

 

辻久男先輩:私は今でも大切なことだなと思うことがあります。人間何かを考え何かを結論出し、何かをする。人間の体で考えるのは私3つあると思うんです。頭脳と、ハートと、腹と。この3つで物を判断して考え、結論出すんだっていうね。そうしないとダメだろう。この3つどれが欠けたってだめで、かといって3つを常に気にばかりしてたって、これもだめだということだけれども、人間がものを考えるというのはやっぱり頭と、ハートと、腹だってね。情の通わない施策をやったってこれはだめだし、かといって情に流されてもダメ。だけど何かの時は、腹を決めて、少しぐらいお金をかけても、あるいは人に誤解されようがこれをやる。これはやはり腹でものを考えるというのは、私はそうだと思うものね。

佐藤理事長:創立50周年は本当に腹を決めて、大きく、インパクトを残せるように。一丸となって頑張ります。

辻久男先輩:私はそれを人生訓にしてもいいってくらい、そう思ってます。どっちかに偏ってもダメだし、けれども、人間甘くなるっていうか、ハートで判断すると、これもまた大事なことですね。だから理屈でなく、人間性を豊かにするという、その鍛錬をするということが。最後は1番大切なことじゃないかなと思うんです。要するに何をするにも人の協力や、人を説得する、理解してもらう。こういう作用がなければ、人に何かできるものでないですよ。そのためにはやっぱりあのハートが豊かでなければ。私は今でもそれを忘れないようにしています。

佐藤理事長:JCでよく言われる3信条で修練・奉仕・友情がありますが、私は活動を通してこれが身についてきたと思うんですよね。がむしゃらになって頑張れば、それは修練だと思って頑張るんですけれども、その修練が地域への奉仕などにつながっていて、1年通した頃には友情ができている。小さいながら私は1年のサイクルでそれを感じています。この素晴らしい体験というのは同志であったり、まだ見ぬ新入会員へどんどん伝播して、すばらしいJC活動を体感していただきたいなと思うんです。

辻久男先輩:ものによっては理屈よりもハートを大事にしなきゃいけない。そういうものもあるし、けれども、情に溺れてしまってはいけない。このことをやろうということは情で判断したとしても、やる方法について、きちんと冷静に頭で判断して、やってはいけないこととやらなきゃいけない事、それは頭脳で判断しなきゃいけない。そして何かこれをやるかやらないのかという決断は腹をくくって、決心しなきゃいけないし、最後は人間教育だと思うんですよ。まあ、教育というか人づくりですよ。そういう意味ではJCというものが、私にとっては数字なり、実績なりそういうものでは表現できないけれど、大きな役割を果たしているのではないのかなと、そう思います。結論めいたことを言っておこがましいけれど、私も80何年生きてきていろいろなことを、もちろん商売もだし、政治的にもいろんなことをやったけれども、今こうやって考えれば、JCを作ったということは私の人生においても、良かったなあと。そう思っています。皆さんがこうやって活躍してくれてる姿を見てそう思います。

初心を忘れないことの大切さ。

 


辻久男先輩:1番大事なことは初心を忘れないっていうことですよ。皆さん方は皆さん方なりの初心といわれるものを持っていると思う。これは何も同じ必要はないですよ。世の中に大事なものが1つしかないわけではないのだから。みんなそれぞれ今までのいろんな体験の中から何を選択して何を感じて。それでいいと思うんです。だから、これはみんなそれぞれ意識していることも違うはずですし。

その人の性格や能力に応じて、これならできるというものも違うはずですね。だからそういうふうに私は、基本に立ち返るというか、自分の考えの中に基本をもう一回照らし合わせてみて判断する。やはりこれはどんな社会でも、どんな立場でも忘れてはいけないことの1つなんじゃないかなと思います。自分の家庭だってその1つ。自分の商売だって、何かのときは基本を自分の商売の特徴、自分が商売で目標として頑張ってきたことを、何かの時、基本を照らし合わせてみるっていうか。それが私はすべての場合で大切なことじゃないかなと思うんですよ。そういうふうにして考えれば、それは若い世代の人づくりの基礎です。その時に完成した人なんかできっこないです。自分が20代、30代の時に感じた世の中の流れだとか、何かのそれぞれの基本に合わせて。あ、これはもっと進める、あるいはそれに対する知識を得ようとか、やっぱりそういうことでないのかなと思います。だから、こういう周年、記念なんていう時には、まさにその基本をJCという、例えば、日本JCの考え方、ブロックの考え方、地域の考え方、それから仲間の考え方、そういうものを何らかの形でまとめるっていうかね、まとまったものを感じながら、取り組んでいくということではないかと思います。やがて皆さん方がこの地域の責任ある立場になった時に、地域のため、あるいは自分の家庭、ビジネス、会社のためだとか、それを青年会議所の現役時代にいろいろなことから感じてきたことを形にすることができます。

地域を運営するならば政治を抜きには考えられない。


辻久男先輩:それと、誤解しないでよく理解してもらいたいと思うのは、皆さん方の立場になったら、政治ということについて考えてほしいなと思います。政治的に、というのはまず大切なことですが、それをあんまり全面に出したりするとね、ついついイデオロギーとかになってしまって偏ってしまうんです。これは何もいいことではないですよ。先ほどから言うように、自分の人間性を育てる、あるいは広い視野を持つ。そして広い価値観を持つということで、まず政治的にね、どうとかこうとかってやることは、私はあまり目標にしないで今の青年会議所の方向でいいと思います。ただやはりね、地域社会の運営になった時に、政治を抜きにしては考えられないですよ。そして政治を活かして、どう地域を豊かにするか。それは経済的な豊かさもあれば、人間的な豊かさもあるし、様々だけれども、実社会というものは政治を抜きにしては考えられないです。その中できちんとした地域と住民とその相関関係っていうかね。政治的な考え方は、それぞれの考え方でいいですから。何か事業をやるとか、そういうことではないにしても政治というものも大事にしようという姿勢が他県などの色々な議会などを通じて、大事だと思います。秋田県の人はちょっと弱いんです。政治に対して。大曲もはっきり言ってそうです。商人の街っていうくらいの存在だったので、政治をするっていうと選挙と結びついてしまう。だから商売やってるなら選挙や、政治に口出したりしないほうがいいっていうのが昔ながらの常識のようにあるんです。秋田県もちょっとそういう風潮が強いし、この地域も少し強い。それだからダメだなんて言うつもりはないけれどもね。でもやはり最後は地域を責任もって運営するということは、政治を抜きにしては考えられないです。 だから、あまり激しくやるっていうところには走らないような形の政治を考えようという、それぞれの考え方や立場で政治をきっちり考えよう、こういった姿勢というものをもってほしいなあと思います。それはある意味で世の中に対して、厳しくなる。厳しいということは批判的な考えになる、そういう場面もあると思います。何でもかんでもおめでたく、なあなあでもなく。そういう考えのもとから実際、政治の場に出てくる人もいれば、それをきっちり支える人もいる。あるいは1票で支持する人もいる。形はいろいろだけれども、やはり実社会というものは、政治を抜きにしては考えられないです。それに対してきっちりと向き合うという、そういう考えをもう少し世間の人は持ってもいいんじゃないかなと思います。

佐藤理事長:はい、ありがとうございます。

辻久男先輩:会議所もまあそんなところだ。何より大事なのは人付き合い。立派なことをやるとか実績がどうだなどではなく、人づくり。あとは自分がその立場になったときに、何を具体的に考えて何を具体的に努力するか。だからそういう風に考えれば地域というものは、なにも50、60代の人たちだけが守ってるんではないです。若い人の発想や考え方、そういうものをきちんと汲んで、行政でも何でもやっていかないと発展がないのです。将来を考えたとき、10年後、30年後を考えたときに、若い人たちのそういう感覚っていうものを取り入れ、考えないといけないです。そのままストレートに活かせばいいってもんでもないですが。それが大事な部分だと思うんですよ。家庭で言えば、子供の言うことを取り上げて親父が家庭を守る。単純にいえばそういうことだし、職場で言えば、若い人たちの考え方を聞いて色んな商品であろうが、労働であろうが、そうやっていかないと盛り上がっていかないですよ。

一生懸命やれば、うまくいってもいかなくても無駄なことは何もない。


 

 

 


辻久男先輩:JCの今までの資料もいろいろあって大切だけど、別な言い方をすれば、失敗を恐れないでね。それほど大げさなことをやってるわけでもないし、うまくいかなくったって、それが別に会社だめにするとかそんなものではないですから。だからみんなが思うことをやってみることですよ。うまくいかなかったら、それがまた1つの勉強になりますし。良いこと、うまくいったことは、それもまた大きな体験をしたことになりますし、それだと思うんですよ。一生懸命やって無駄なことなんて何もないです。それはもう皆さん方がはっきりと認識してその通りやってるから、あとは私がどうこうっていうことは何もないです。

佐藤理事長:辻久男先輩、本日は大変貴重なお話を頂きまして、ありがとうございます。先輩から大曲青年会議所を作った当時の創始の志というものを聞かせていただいたところでございますが、辻先輩がJCにおいて大事にされていたこと、JCがいいなと思うところといった話を聞いていて、やはり今の現役が目指すところと同じなんだなというのを非常に強く感じました。創立50周年を迎えてもなおその頃の気持ちは変わらず、我々現役会員へと受け継がれております。その点はご安心いただきたいと思います。そしてまた創立50周年を迎えて、さらに50年、この組織はなくてはならないものだと私も確信しておりますので。冒頭に期首会員が歴代最小だと不甲斐ないことを申し上げましたが、その人数でも創立50周年を工夫と知恵で乗り切って、大いなるインパクトを残して、今後50年、さらなる創立100周年に向けて大曲青年会議所はこれからもどんどん地域にインパクトを残す活動・運動をしてまいります。これからもどうぞご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いいたします。ありがとうございました。

辻久男先輩:半分うまくいかなくたって一生懸命やったことは自分に必ず何か残ります。だからこれが大事ですよね。なんだか私の方こそ50年前のこと思い出させてもらって。機会を与えていただき、本当にありがとうございます。